路上の100円

路上に100円。「おっ100円だ」と思いつつ、足を止めるか否かを考える。スローモーションのように流れる風景。時は止まらない。私の視野から100円の鈍い輝きが消えたとき、私はあることに気づいた。

「100円か、拾うのを止めておこう」と考えている自分にだ。

2年前の自分なら必ず拾っていたであろう100円。たとえ通り過ぎてしまったとしても、戻っていただろうし、誰かがみているかどうかを気にしても拾っていたはずだ。でも、私は周囲のことなど考えずに、ただ100円か、いいや、と判断した。随分変わってしまったものだ。

営業職をしている人は、よく解かると思うが、大きな案件を抱えていくと、小さな案件をおざなりにしてしまいがちになる。中には、「100万円以上の仕事は俺は受けない」などと言い出す人もいる。かたや、小さな仕事をきちんとこなし、信じられないくらい大きな仕事に育て上げる人がいる。

先行きの不安な今こそ、後者の人のような着実さが今まで以上に求められているのではないだろうか。

100円を拾わなかった私。法的には正当だが、人として大事な何かを無くしてしまっているのでは、と不安に思ったりする。