死んだキーボード、無くした「i」について

先週のことだ。やや早めに出社した私は、コーヒを飲みながらメールを処理していた。手前の書類をとろうとした私の腕がコーヒーカップに触れた瞬間、机の上は、コーヒー色に染る。コーヒー色の書類。そして、キーボードから滴るコーヒー。。。

急いで、キーボードを拭く。拭く。拭く。「これで、、、大丈夫?」99%の不安とかすかな希望で、キーを打つ。全く反応なしだ。キーボードが死んだ。

業務は全く機能しなくなってしまった。たまたま風邪で休んでいた同僚のキーボードを発見し、なんとか緊急対処(もちろん内緒だ)。その日の業務が終了した後、私は一人、キーをひとつひとつ取り外し、内部を奇麗に拭いた後、祈るように組み立てる。

組み立て終わったキーボードに入力をする。反応が!打てる?!入力が出来る?!。しかし、「i」のキーが反応をしてくれない。「k」もしてくれないのだが、日本語にとり非常に重要な母音「i」が打てない。ローマ字入力が出来ない。。。

普段存在していることが当たり前の「i」。「u」と「o]の間に存在していたことすら気がつかなかったそんな「i」。。。

最終的に、私は、上司に泣き付き、決済を頂き、近くのパソコンショップで新しいキーボードを購入することで事無きを得た。

キーボードで好きな文字が入力できる。この当たり前のことは、病から回復した後の快適さに匹敵するほど私に喜びを与えてくれた。そう、日頃は気付くことのない、さまざまなパーツから私の仕事は成り立っているのだ。毎日の業務がスムーズに進んでいるということ。そのこと自体のありがたさをかみしめた一件であった。