"できる人"と服装について
季節が秋めくにつれ、毎年、この時期だけは新しい服が欲しくなる。どうやら、今年もその季節がやってきたようだ。先日も書店で、「BRUTUS」に目を奪われた。ご覧になられた方も多いと思うが、小泉今日子の写真に「いいスーツ、着ていますか」とのコピー。「このBRUTUSを買って、いいスーツを着れば。小泉今日子が付いてくる」とでもいわんばかりのデザインだったので、即購入した。1年ぶりの服欲発情期にうってつけの内容だ。というわけで、最近、服について考えることが多い。
ところで、仕事上で出会う人の中で、仕事の出来る人は必ず、きちんとした身なりをしている(例外は刑事コロンボくらいだ)。だらしのない人はやはり、仕事もだらしないからなのだろうか?自分の身だしなみくらいきちんすることが出来ない人は、仕事もできないということなのだろうか。服装はその人の能力を表してしまうのだろうか?
おそらく・・・表現している。
きちんとした格好をした人は、自分がどいういう風に見えるのか、どのように見せたいのかという点がはっきりとしている。だから、仕事の出来る人はきちんとした格好をする。
イメージをして、それを実現するという能力は、仕事でもっとも大切になる能力だ。これを服装というもっとも身近なアピール方法で実現できる人が全く、能力のない人であることがあろうか(いや、あるまい)結局、自分にも仕事にもビジョンを持っているか、という点が分かれ目なのだ。自分のことをよく知り、どう見せたいのかをイメージできればこそ、服装からくるイメージも、実際の仕事も”できる”ものになるのだろう。
ということで、新しいスーツの購入だけですませない、全般的に人格を改善しようと思う私です。ワイシャツは前の部分だけでなく、きちんとアイロンをかける等。(時々、靴下色違いって時すらあるので・・・って誰にも知られていないことですが。。。)
ちなみに、奥さんにネクタイなどを選んでもらっている方に関しては、素敵なセンスの奥さんかどうかでその人の能力が解ったりするのでしょうか。疑問ですね。これは。
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