誰かと自分を比較する

人は、自分に近しい人としか比較出来ないものである。だから、同期が昇進すると面白くないし、同年代が偉くなると結構焦る。昨日まで机を並べていた人が転職をして年収が2倍に!何て話を聞いたら、多分悔しい。

さて。この前の週末、私は小さな自転車を買った。緑色の可愛い自転車だ。1万8000円。大人買い。レトロだが、モダンなスタイル。街乗りに最適な奴。そいつで軽快に秋の街を行く私。素敵。家に帰るとその自転車があることが嬉しい。盗まれてないことを確認して。一安心。

その同じ週末。そんな私の同僚に子供が生まれた。10年来の同僚。同期同士の結婚。結婚式の幹事を私がやった二人である。付き合う前から知っている二人。付き合ったきっかけだって知ってる(つもり)な二人。そんな二人に子供が生まれたのである。

子供が出来た週末を過ごす同期。ニコニコで自転車を買った私。子供が出来て喜ぶ同期達。ニコニコで自転車に乗る私。子供の寝顔を見て安心する同期達。自転車が盗まれてないことに安心する私。

私にとってとても近しい存在である同期の友人。しかし。その近しい我々の間にあるある種の距離はスエズ運河よりも大きい(意味不明な比喩だ)。

人は、自分に近しい人としか比較出来ないものである。しかし、どんなに近しい存在でも、その距離があまりにも大きいと比較も出来なくなるのだ。でも、私はこれで良いと思う。私は私。彼は彼なのである。だから。私の周囲の人にはまぶしいばかりの輝きに包まれていて欲しいと思う。その方が私、がんばれるのだから。

最後に。
生まれて来た、君へ。誕生日、おめでとう。